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幼少期

ーー幼少期はどのような子どもでしたか?

「プラモとかラジコン、ミニ四駆、ファミコンなどのゲームが好きでしたね。特にガンダムは、大好きでした。でもSDガンダムです、BB戦士。(笑)手先が不器用なので、リアルなプラモデルは苦手でしたね。振り返れば『普通の男の子』だったと思います。」

あとは、父の持っていたスピーカーや家電製品をバラしたりして、遊んでました。『こんな簡単な作りなんだ』と思うことが結構ありました。

中学時代は、わりと成績は良い方でした。でも国語は一番の苦手で、その時から理系が得意だったのかなと。でも、塾には行ってませんでした。スイミングも続かなかったですね。飽き性な性格なんでしょう。(笑)」

 

ーー高校ではなく高専(高等専門学校)に進まれたのはなぜですか?

「当時は不景気だったので、親から『公務員になれ』と言われたんです。中学2年の頃だったかな。本当は工業高校に行きたかったんですけど、高専の試験を受けたら受かっちゃったので、行くことにしました。(笑)」

 

岐阜高専時代

ーー高専時代は、どのように過ごされていましたか?

「僕は土木系のコースで『環境都市工学科』というところに入ったんですが、メカニックな分野ではなく、どちらかというと机上の計算が多い学科でした。プログラミングなんかも経験しました。

部活には入らず、もっぱらバイトの日々。マクドナルド、家庭教師、ファミレス、ユニクロでもやりましたね。

大体クラスの3分の1くらいは、公務員になります。残りは大学へ進学したり、就職したり。私は国家公務員2種試験を受験したんだけど落ちました。岐阜県庁を受けたら『受かっちゃった』という感じ。『受かっちゃったから行く』という生き方ですね。(笑)」

 

ーー何か、自分なりの勉強方法などはありましたか?

「何かを一から学ぶのではなく、勉強なら問題集を先にやって間違えたところを勉強していくスタイルです。

今でもそれは同じで、事業計画も最初はなかったんです。やりながら方法を模索していく方が性に合っているんでしょう。言い換えれば『やりたいことに合わせて勉強をする』ということです。自分で言うのも何ですが、フットワークはいいと思います。」

 

公務員時代

ーーそこから14年の公務員生活が始まるのですね。公務員時代は、どのようなお仕事をされてましたか?

「一言で言えば、土木の技術屋です。構想して、事業化して、発注して、道路工事の現場に立ち会って検査したり。山の工事もありました。そこで感じたのが、全部を最後まで見届けられない歯がゆさ。

構想部分に携わっても、最後まで見届けることはできないし、途中から引き継いだ案件もあったり。外部のコンサルタントの方が全体の事情を把握しているのが不思議でした。デザインが気に入らないと思っても、途中では変えられないですからね。」

 

ーー公務員を辞めるのは勇気が必要だったのでは?

「最初はね、一生ここで働くと思っていたんです。でも、実は25、6歳の頃に転職活動をしたことがあって、民間企業を受けていました。人材業界に行きたかったんです。」

 

ーーどうして人材業界に興味を持ったのですか?

「性格的に、知りたがりなんだと思います。だから、人材業界ならいろいろな業界に携われると思って。そういう点では、広告代理店なんかもでも良かったのかもしれませんね。

その頃から、『企画屋』としての気持ちが強くなっていったんだと思います。知人のイベントの手伝いや、結婚式の二次会の幹事もよく頼まれるようになりました。」

 

ーーどのようなイベントに携わったのですか?

「車のオーナーズクラブのイベントですね。今でも企画側でお手伝いしています。この頃から『企画って面白いな』と思い始めました。」

 

ターニングポイント

ーーでは、人生のターニングポイントはその頃ですね。

「そうですね、26歳の時でしょうか。ある市役所の方との出会いがありまして、『地域で映画を作るんだけど、一緒にやらない?』と誘われたのです。エンドクレジットに名前が載ると言われて『いいな』と。映画のクレジットに名前が出たら格好いいじゃないですか。でもね、今考えるとあれはだまされましたね。(笑)

こういう映画を作るってことしか決まってなかったんです。予算も、具体的な企画もない状態からのスタートで、全てを同時進行するような感じでした。お金も集まってないし、宣伝もしなくちゃいけない。本当に大変でした。」

 

ーーどのような環境でしたか?

「メンバーが少なかったので、手を上げたやつが実行する。面白いことを考えたやつが偉い、という刺激的な環境でした。僕は、広報を担当しました。映画の宣伝用に、かわら版みたいなフリーペーパーを作ったんです。

宣伝だけでは誌面がもたないので、地域の情報なんかも載せていました。そこで、執筆や編集を始めて経験するんです。公務員として働きながら、月1の発行を欠かさず行ってました。大変でしたけど、固定ファンもできたのはうれしかったですね。ここでひととおりのことは経験できたと思っています。」

 

ーー映画作りに携わって、つらかったことはありますか?

「野外コンサートのイベントが、一番きつかったですね。『雨が降ったらどうしよう』というプレッシャー。

知人のつながりで、アーティストの中西圭三さんが来てくれることになったんです。中西さんは、本当にエンターテイナーでとてもすてきなイベントになりました。結果的には大成功で、みんなでやりきったという成功体験になりました。

映画製作のための、資金集めにも苦労しました。

具体的なサービスを販売するわけではないので。要は寄付行為です。そこで感じたのは、寄付というのは自分の信頼を削ってお金をもらうんだということ。金額の大小に関わらず、自分を信頼してくれてお金を払ってくれるんだと感じたんです。とてもいい経験でした。

映画が完成すると、通常の映画配給はされなかったため各地の上映会で、僕が話をする機会も増えました。その頃から『第二の名刺』を持ち始めたんです。人脈の作り方、関係性の作り方のコツがわかってきたのです。」

 

ーー公務員時代の経験で、今に活きている部分はありますか?

「1o年くらいずっと地方の現地事務所にいたのですが、さすがに本庁に戻されまして、中枢での勤務が始まりました。

当初は企業誘致を担当することになり、主に製造業の企業を対象に電話営業や、飛び込み営業もしました。わかりやすく言えば法人相手の不動産営業ですが、目的は地域の雇用を増やすためです。

展示会に参加しては名刺交換をするという、公務員の中でも異質な部署だったと思います。唯一、公務員であって公務員でない部署でした。

2年間その部署にいましたが、面白かったですし、今も役立つ能力が身につきました。

そのあと、土木関係の部署に戻るのですが、その後体調を崩して休職したんです。その次が最後の部署になりました。34歳の時です。

人が70年生きるとして、人生の折り返しだったので『あと25年ここで勤めるのか』と思い始めて。先ほど話した映画製作で知り合った、経営者の人たちと話をしているうちに『自分もやってみよう』と思ったんです。最初は農業をやりたかったんです。」

 

ーー農業に可能性を感じていたと。

「食は『基本』ですからね。今でもその思いはあります。最近は農業ブームで、ますます注目しています。農業にかかわらず、一次産業に興味がありますね。でも、自分で農業をやるのは向いていないと自覚しています。家庭菜園で白菜に花を咲かせてしまったので。(笑)」

 

ーー一歩を踏み出せたきっかけは?

「いろいろな経験をしたからこそ、自分の得意なこと、特性がわかるようになってきたんです。

ある日、カメラマンの友人と飲んでいたんです。

その時に、「準備ができたら起業したい」という話をしたら『準備なんていつまでたっても終わらないよ』と言われて。あ、そうか、と。日曜日に飲んでたのですが、翌日の月曜日に『辞めます』と言いました。奥さんは、あぜんとしていましたね。(笑)」

 

ーー勉強方法のお話とつながりますね。

「そうですね、基本的には『やります』が先なんです。先ほど話したように、事業計画は後から考えました。とにかくやる、そこから学んでいくというスタイルです。

それで「何をやろうか」と。

いろいろと考えていた時に、たまたま手元にドローンがあったんです。もともと趣味で買ったものでした。『これは結構使えるぞ』と。まだ『ドローン』ではなく『マルチコプター』と呼んでいた時代です。『よし、これでビジネスやってみよう』と。」

 

ーー仕事をする上で大切にしている事は何ですか?

「人との出会いは大事にしていますね。

特に経営者としてやっていくなら、ひょんなところで面白い出会いがある事もありますから。しばらくして『あぁ、そういえば』という事もあります。『ほどほどに』出会っておく事は重要でしょう。

仕事につながる出会いがないかなと、期待感を持ちながらも出会いの場に足を運ぶこと。」

 

櫻井優一のアンテナ

ーー注目している人物、尊敬する人はいますか?

「特に尊敬している人はいないです。テレビ番組を見たり聞いて『こういう考え方があるんだ』と感心することはありますけど。あと、先輩経営者の話はすべて参考になります。特定の誰か、というわけではないですけどね。

そうはいっても、ドローンに限らず、業界の先を走っている人には注目しています。

(テスラモータース社の)イーロンマスクなど、時代やテクノロジーの先を追い続けている企業が何をしようとしているかも気になります。ハウステンボスのロボットホテルも気になりますね。常にアンテナは張るようにしています。」

 

ーー情報収集の手段は?

「とにかく人と会うこと。インターネットでも情報収集はします。

人と会うと、インターネットの裏側の話を聞けることもあるので面白いですよ。情報の中心にいるような人に会うことが大切です。情報は命です。エンジニアでも最新の動向はチェックすべきでしょう。

情報を得て、それをプロダクトなりサービスにするまでのスピード感が、大切だとも思っています。とにかく、スピード。僕、O型なんで基本はハリボテなんです。先に出して、後からなんとかする。もちろん、それを側でフォローしてくれるスタッフはいるんですけど。

あと、スティーブジョブズは好きですね。特に造形に対するこだわり、ウォズニアックとの関係も興味があります。あの価値観はアメリカ人だなと思うんです。アメリカ人はいつも形容詞が『世界一』ですからね。日本だとまず『日本一』を目指すじゃないですか。

ヤングジャンプが掲載している『キングダム』という漫画も面白いです。秦の始皇帝を支えた男の話なんですが、リーダーのあるべき姿が描かれていて参考になります。」

 

メッセージ

ーー最後に、これから起業をしたいと思っている方へメッセージをお願いします。

「僕が友人に言われた通り『準備なんていつまでたっても終わらない』から、『最前線に飛び出ろ。』と言いたいですね。

創業セミナーに一生懸命に行くより、最前線の人に話を聞く方がいいです。

セミナーはテクニカルな部分が中心なので、それよりも実践した方が早いんですよ。テクニカルな部分ももちろん必要だけど、もっと大切なのは突破力だと思うのです。

ドローンはツールです。テクノロジーで業界自体もどう変わるかわからないところがあります。僕も正直、いつまでドローンをやるかわからないです。『一つのツールとしてドローンを使う』という業態に変わっていくかもしれませんね。」

 

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