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きのこ帝国 「タイム・ラプス」を全曲レビュー(勝手に)

2018年9月12日(水)、きのこ帝国メジャー3枚目のアルバムとなる新アルバム「タイム・ラプス」がリリースされた。およそ2年ぶりとなる今作に収録されているのは、全13曲(49分)。

筆者は、本作発売の前日にApple Musicで先行リリースされた収録曲「金木犀の夜」「夢見る頃を過ぎても」の2曲を聴いた。

はじめにこの2曲を聴いた時、きのこ帝国を「線で見るべきか、点で見るべきか」という、ファンとしての戸惑いを感じたのが正直なところだ。

きのこ帝国はどこへ向かっていくのか。

しかし、その不安はアルバム全曲を通して聴いたことで、払拭された。

リリース当日、Apple Musicでは同作を全曲聴くことができるようになり、仕事をしながら、1日中全曲をリピート再生した。

一ファンとして、また同じ音楽をするものとしての独断や偏見が、多分に含まれた全曲レビューを書いてみる。

タイムラプスとは

タイムラプス

タイムラプスとは、同位置から一定の間隔を空け撮影した静止画を組み合わせ、動画のように見せる手法のことだ。

低速度撮影とも言われ、「スピード感」を出す手法として用いられる。iPhoneのカメラにも「タイムラプス」機能が備わっていることで、ご存知の方も多いだろう。

アルバムのタイトルとして「タイム・ラプス」を選択するセンスの良さは、感嘆せざるを得ない。

「それぞれの曲が意味をなし、一つのアルバムを構成する」

これは音楽アルバムであれば当然のことだ。しかし、「ただの寄せ集め」のアルバムとは一線を画するという、彼らの覚悟すら感じる。どの曲が欠けても「タイム・ラプス」にはならない。

総評は最後にして、まずは曲ごとのレビューを。

タイム・ラプス全曲レビュー


筆者の職業はライターだが、このレビューはアーティストへのインタビューをもとに作成したわけではない。あくまでも個人的な感想である。

タイトルの後ろの★印は、現時点で筆者が個人的に特に惹かれている曲である。

01.WHY

イントロのギターを聴いた時、妙な安心感を得た。彼らが「遠くに行ってしまった」わけではないとわかったからだ。事前に「金木犀の夜」を聴いた時の不安は、このイントロで払拭された。

ギターサウンドの左右の振り分けが心地よい。(ワンストロークずつ左右に)女性二人が奏でるギターサウンドは、相変わらず太く芯がある。ギターソロも相変わらず堪らない。ライブでの演奏を観てみたくなる曲だ。

終わり方も歌だけ残す形で、次の曲への橋渡しの役割を果たしている。1曲目を飾る曲の演出として、絶妙だ。

02.&

シンプルながらもメロディーセンスが光る、J-POP的な要素を持った1曲。それでいて、サウンドはしっかりロックを感じる。

歌詞も、今までのきのこ帝国の中でも上位にランクインするくらい「ポップ」で「キャッチー」だ。

いい曲だがその「キャッチーさ」からか、やや不安になったことは事実だ。きのこ帝国の楽曲は、元来キャッチー(メロディセンスが良いという意味)ではあるのだが、行き過ぎてはいないだろうか、誤解されないだろうかと。

03.ラプス ★

一言で言えば、美曲である。アルバム「タイム・ラプス」の中で、筆者がもっとも惹かれる曲。

筆者は、きのこ帝国のこういう曲が好きだ。曲全体が「ふわり」としながらも鮮明な空気感に満ち、サビの盛り上がり(曲の抑揚)、メロディーともに抜群だ。

特徴的なのは、サビ部分のハイハット・スネアの叩き方。とても新鮮で、曲に良いアクセントを付けている。これがあるのとないのとでは、曲全体の仕上がりが全然違ってくるだろう。他にも、この曲の盛り上がりは、ドラムが鍵になっているように感じる。(Drs.西村コン氏に敬意)

この曲を聴き、不安など完全に消し去られた。

04.Thanatos

Thanatos(タナトス)とは、ギリシャ神話の死の神のこと。フロイトは「死の衝動」の意味として用い、今でも「死への願望」などの意味として用いられる。

昔のきのこ帝国をご存知の方であれば、どこか懐かしさを感じることができる1曲なはずだ。低音のボーカル(メロディー)が心地よく、語るような歌い方も良い。

アップテンポなリズムに、ベースが心地よく乗り、ギターが曲を彩る。声にもエフェクトが深めにかかっているのか、佐藤千亜妃の声の(良い意味で)違いを感じる。

05.傘

使い古された、悲しみに満ちたコード進行を使いながらも、きのこ帝国の新しさを感じる1曲。このコード進行を用いる時、ミュージシャンの真価が問われると言っても過言ではないだろう。

アコースティックギターと、クリーントーン、シンプルなリズムにアクセントのあるベースが加わる。

音はシンプルだが、歌詞はやや抽象度が高い。そのバランスが心地よく、物憂げな歌い方が哀愁を感じさせる。

06.ヒーローにはなれないけど

このアルバム全体を通して言えることだが、ギターのリズムを強く意識させられる曲が多い。それは「常に」ではないものの、節々で歯切れの良いギターサウンドが響く。

佐藤千亜妃が、楽曲によって歌い方を使い分けているのがよく分かる曲だ。

こういう雰囲気の曲は、きのこ帝国のアルバムに1曲は収録される「あるある曲」かもしれない。(褒め言葉である)

07.金木犀の夜

UNIVERSAL MUSIC JAPAN(Oficcial)

イントロのフレーズが、曲全体の雰囲気を象徴している1曲。クラシックで言うところの「テーマ」だ。ややフォークソングのような昭和感を感じるのは、筆者だけだろうか。

歌詞は、佐藤千亜妃本人がインタビューで語っているように「小難しい言葉よりかは、聴いてスッと意味がわかるもの」になっている。筆者がはじめに違和感を覚えたのは、他でもないこの部分である。

それは彼女のこれまでの音楽活動からの一つの答えであり、ファンとは言え口出しすべきではないだろう。しかし、リスナーにとってわかりやすさは麻薬になりかねない。そこはミュージシャンが葛藤する部分の一つだ。

ところが、思い込みを捨てて何度も聴いてみるとやはり「いい曲」と感じざるを得ないのが正直なところだ。アルバムの看板としては、相応しいだろう。

08.中央線 ★

歯切れの良いイントロのギター、疾走感が特徴的な1曲。「ロンググッドバイ」「フェイクファーワンダーランド」の曲を連想させる部分がある。

序盤でリズムを崩してくるのも、音楽ファン・楽器演奏者にはたまらない演出だ。歌前のギターサウンド、メロディラインは「これこれ!待ってました!」と、思わず言いたくなる。

こちらも歌詞はシンプルでわかりやすい。ただ、世界観は決して安っぽいものではない。それだけは確かだ。

09.Humming

わずか42秒の、同アルバムにおける「橋渡し」的な楽曲。ピアノと「ラララ」という歌で構成されている。こうした試みも、きのこ帝国にとっては新鮮だ。

10.LIKE OUR LIFE

こちらも「十八番的」サウンドな1曲。昔からのファンも満足するはずだ。「愛のゆくえ」を彷彿とさせる力の抜けた歌い方が、とてもよく合う。聴いていると、曲全体の浮遊感に取り憑かれる。

11.タイトロープ

コード進行の「外し」が絶妙な1曲。この曲こそ、隠れたメッセージが込められているのではないか。

サビ前のギターのフィードバック音、ギターソロの図太いサウンドが「過去のきのこ帝国を忘れてはいない」ことを感じさせる。

12.カノン

「行進曲」を連想させる1曲。Aメロのバックで繰り広げられるギターサウンドは、斬新さと「何か」への抵抗を感じる。

サビ以降は「いつものきのこ帝国」ではあるものの、曲全体としては「前進」していくイメージを保っており、新しさも感じる。この楽曲も、佐藤千亜妃の歌い方が光る。

13.夢みる頃を過ぎても ★

UNIVERSAL MUSIC JAPAN(Oficcial)

アルバムの最後を飾るのに相応しい、希望や期待を感じさせる、奥行きのある1曲。

アルバムを通して曲を聴いてくると、この曲はエンドロールのように感じる。

Aメロのミュートされたギターの音が好きだ。ストリングスもいやらしさがない。壮大な雰囲気に相応しい。

きのこ帝国「タイム・ラプス」総評

音楽を聴いた時の最初の印象は、時として役に立たない。

今回筆者は、多分な期待とイメージと、型を意識し過ぎたあまり戸惑ってしまったのだろう。

しかし、何度も「タイム・ラプス」聴き直しているうちに「このアルバムは名盤と言われる日がくる」と徐々に感じるようになり、そうした気付きを与えてくれた貴重な存在になった。

全体を通して佐藤千亜妃の歌声の使い分けの幅広さを、あたらめて感じることになった1枚でもある。(エフェクトなのか、はたまた新境地なのかは不明だ)

きのこ帝国は、どこにも行っていなかった。

高尚な領域から、わかりやすさへ以降はとても難しい。創作者としての「こだわり」や「プライド」が邪魔をするものだ。それを現役のアーティストが実現するのは、容易ではない。今は、そこに心から敬意を評したい。

残念ながら音楽は、文字だけを読んで伝わるものではない。ぜひ、はじめ(1曲目)から、最後まで通して聴いて欲しい。(最初にシャッフル再生はしない方がいい)

公式サイト:きのこ帝国「タイム・ラプス」スペシャルサイト

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