2018年になってから、デッサンと油絵を始めた。

元々、美術やアートに興味はあったものの、きっかけがなく昨年まで過ごしてきた。小中高での美術の時間を通して、「自分は絵が下手だ。センスがない」という自覚・コンプレックスも手伝い、「絵を描くなんて恐れ多い」と敬遠していた節もある。

今までは「あくまでも鑑賞側」であったのだが、今年に入り一歩踏み出した。実際にデッサンや油絵を始めてみると、(まだまだ技術的な面では追いつかないが)色々な発見がある。

その一つが、「デッサンと文章を書く作業はとても似ている」ということだ。

本記事では、ライターを生業にしている筆者が感じている、デッサンとライティングの共通点について紹介する。「デッサンが上手くなりたい」「文章能力を上達させたい」という方、双方に参考になる内容になれば幸いだ。

デッサンと文章の共通点

デッサンとは

デッサンは、鉛筆(または木炭などを使うこともある)を使用し、物体(以下、モチーフ)の光と影(陰)を捉えらながら、平面で立体を表現する技法。素描とも呼ばれる。

絵画の下絵としての役割がある一方で、デッサンそのものが作品として認識されるケースも多い。美術大学での入試では、今でもデッサンという試験科目があることはご存知の方も多いだろう。

細かい技術的なことはさておき、デッサンを始める時には、まず「構図」を考える作業が必要だ。紙もしくはキャンバス上のどの部分に、それぞれのモチーフが配置されるのかを決める作業である。

構図を決めたら、それぞれのモチーフの大まかな形を取っていく。少しずつ線を描き、実際の形に近づけていく。あとは細部の調整作業。光と影(陰)を意識しながら、細かい部分を詰めていく。これが大まかだが、デッサンの流れだ。(いささか大まかすぎるが)

文章を描く作業

一方、筆者の本業でもある文章を書く作業とはどのようなものか。

文章を書く際には、「何についての文章であるか」を明確にする作業から始まる。これは、デッサンにおけるモチーフ選びのようなものだ。モチーフが与えられている場合もあれば、自分でモチーフを探すこともある。例えば、「株式の配当金の仕組みについて、わかりやすく説明する文章」など、文章には目的がある。

文章のテーマが決まったら次に、文章の構成を組み立てていく。見出しを作りながら、各段落で伝えるべき情報を大まかに決め、文章の流れを作る。デッサンで言うところの、構図を考える作業に該当するだろう。この手順を失敗すると、その後の作業に大きな影響を与えることは、デッサンと同じだ。

構成がしっかりとできていれば、あとは書くだけ。しかし、ここでも細部に気を配る作業が生じる。言い回しは適切か、漢字は正しく使われているかなど、デッサンで線をはっきりさせていく作業、細部の調整作業にとても似ている。

良い文章、良いデッサンとは何か

最近、「良い文章とは何か」「どうしたら文章が上手くなるのか」という質問をよく受ける。一言ではとても表すことはとてもできないが、強いて言うのであれば「何が書かれているか誰でもわかる文章」と言えるかもしれない。

デッサンの評価については詳しくないが、少なくとも「何が描かれているか」がわからないデッサンは、良いデッサンとは言えないはずだ。本人はバナナのつもりでも、他者からはナスに見えるかもしれない。

面白いのは、同じバナナを描いていてもそれぞれに個性がある点。文章も、それは共通している。同じテーマについて書いたら文章であっても、書く人間によって読者の受け取る印象は大きく変わる。

「デッサンが上手くなりたい」という方は文章を書いてみる、「良い文章が書きたい」という方はデッサンをしてみると何か気付くことがあるだろう。右脳を使うか、左脳を使うかという差こそあれ、その制作過程の類似性に気付けば、相互に好影響を与えるかもしれない。

デッサンも文章も「敷居が高い」と捉われがちだ。しかし、実際にやってみるとどちらも大したことはない。(もちろん、筆者も常に勉強中ではあるが)たくさん失敗をしながら、上達を目指してみてはどうだろうか。